現代アートは難しい

現代アートは難しい

ドイツで駐在したデュッセルドルフは、現代アートが盛んな町。世界的に有名な美術大学「クンストアカデミー」があり、私の住まいのすぐ近くには大きな美術館もありました。

職場でも地域貢献と称して、地元出身の若手アーティストを支援する活動を継続的に実施。オフィスの共有スペースをそうした作家の作品を展示する場所として開放していました。

それら作品はいずれも現代アートと呼ばれるもので、素人の私には何が何だかさっぱりわかりません。地元の人はわかるのかなぁ…?

ドイツ人副社長に「現代アートって難しいですよね」と尋ねてみると、彼は「まったくです。白いキャンパスに筆で点を一つ書いただけで、これは芸術だなどと言われても困るよね」と苦笑。私は仲間を得て少し安心しました。

そんなある日、ドイツ在住の日本人アーティストから現代アートについて教えていただく機会がありました。

私は「現代アートは全く理解できないのですが、どうすればわかるようになりますか?」と単刀直入に質問。

すると「では、古典は理解できますか?たとえば、あの名画〈ゴッホのひまわり〉はどうですか?」と逆に問われ、私は考え込んでしまいました。

「描かれている対象が〈ひまわり〉という花であることはおわかりになりますよね。でも、その花を描くことでゴッホが何を表現しようとしているのか理解できますか?」と彼女。

なるほど、古典を理解した気になっていた私ですが、それは単に描かれている対象物が何かを理解しただけのことだったのですね。

それはひまわりだったり、りんごだったり、人物だったり、風景だったり、たまたま自分の知っているものが描かれていただけのこと。これでは作品を理解したとは言えません。

現代アートは描かれている対象物が何かわからないけれど、当然その背後には作者が描こうとしている何かがある。それを見極めるには、それなりの素養が必要なのでしょう。

結局、自分は「現代」だけではなく「古典」も理解できていないことがわかってしまいました。

それから数日後、近くの美術館の入り口に究極の現代アート作品が展示されているので見に行くよう知人から勧められました。

さっそく出向くと、そこには1メートル四方くらいのガラスケースが置かれ、中には何も展示されていません。「あれ?まだ、展示されてない?」と思いきや、何人かの人が懸命に中を覗き込んでいます。

もしかして、米粒大くらいの何かとても小さな作品が飾られているのかもと思い、近くで目を凝らしましたが、やはり何もありません。

そこで作品名のプレートを見てみると「Leer Glas」、ドイツ語で「空っぽのガラス」という意味です。

「空っぽ」であることが芸術とは…私にはどうみても「展示物を撤去した後に残されたガラスケース」にしか見えません。その時以来、現代アートからはすっかり足が遠のいています。