手段と目的の履き違え

手段と目的の履き違え

これまで、数々のビジネスシーンで「手段と目的が入れ替わってしまう」あるいは「目的もなく手段に邁進する」事例を見てきました。

たとえばIPOを目指した某ベンチャー企業の話。私はその会社にIPOとは別の案件でご縁があったのですが、当時の同社スタッフの皆さんはIPO関連の実務に追われて憔悴しきっていました。

IPO(あいぴーおー)Initial Public Offeringの略。一般的には、(新規)株式公開とも言われる。少数株主に限定されている未上場会社の株式を証券取引所(株式市場)に上場し、株主数を拡大させて、株式市場での売買を可能にする。新たに株券を発行して株式市場から資金を調達する「公募増資」や、以前から株主に保有されていた株式を市場に放出する「売出し」がある。上場した企業は株式市場からの資金調達が可能になり、会社の知名度の向上によって、優秀な人材の確保が可能になるなどのメリットがある。一方で、投資家保護の観点から定期的な企業情報の開示(ディスクロージャー)が義務付けられる。

出典:野村證券ホームページより

何の目的でIPOをするのか?トップからの明確な発信はナシ。いつのまにか銀行、証券会社、信託銀行、監査法人、コンサルタントなど多くのアドバイザーが招聘され、スタッフは彼らの指示で、右に左にかけずりまわっていたのです。

よくよく話を聞くと、社長は完全にメインバンクの担当者たちに踊らされていたようです。マーケットの追い風にのって急成長したこの会社に、金融マンたちがビジネスチャンスをもとめて群がってきたというわけです。

彼らは言葉巧みに会社の急成長と好業績をほめ称えます。お神輿に担がれた社長は夢見心地だったことでしょう。

IPOのなんたるかもよくわからないまま、社長は「めざせIPO!」の号令を発しました。その目的は?と問われれば、「まずはやってみよう」程度のものだったようです。

しかしながら、IPOはそう簡単ではありません。そもそも、自社がIPOに相応しい実力を保持しているのか見極める必要もあります。

会社の規模や社内体制など、まだまだ足元を固めるべき段階にあるこの会社。とてもIPOを具体的に検討するステージにあるとは思えません。

そこに、どうみてもアンバランスな有名コンサルティングファームやら、グローバル監査法人やらが出入りする。

野球のルールもまだよく知らない小学生に、イチローや松井など早々たる顔ぶれがコーチングをしているような光景です。

致命的だったのは「IPOする目的」が定まっていないことです。

通常IPOの目的は資金調達ですが、この会社には十分な資金がある。では何か大きな投資を計画しているのかといえばそれもない。結果的に「目的なき手段」であるIPOに突き進んでしまったというわけです。

「手段なき目的」は空想に終わる場合もあるでしょうが、わずかな可能性を求めて挑む夢となる場合もあるでしょう。

しかし「目的なき手段」はそれ自体に何の意味も価値もありません。やらされるスタッフのモチベーションが高まるはずもないのです。

何事もまずは目的ありき。このことはしっかり肝に銘じたいと思います。

さて、最終的にこの社長は自社がIPOを実施できるステージにないことを理解し、このプロジェクトを断念することに。あとに残ったのは、高額なコンサル料の支払いと、スタッフの途方もない疲労感だけでした。