五十にして川柳を詠む(8月)

五十にして川柳を詠む(8月)

先週の「五十にして川柳を詠む(7月)」に続き、今日は同年「8月」の作品を振り返ってみたいと思います。

新生活「5か月目」、うだるような暑さが続きましたが、<猛暑日もやっと息つぎ秋の風>少ししのぎやすくなると今度は一気に疲れが出てきて<夏バテか駅までの道長くなり>。

この頃も私は引き続き職場の人の問題に頭を悩ましていました。どうしたら離職率を下げられるのか、良い人材を集めるにはどうするか…。

そもそも今の人材をどう組織化してまとめてゆけばよいのか。<一人ずつこころの扉ノックする>ということで地道に対話を重ねるよりほかに妙案は浮かびませんでした。

お盆過ぎにお休みをいただき<つかの間の童に帰る夏休み>。ちょうどその頃株価が中国の株安を背景に暴落し<株落ちて夏の宴の終わり告げ>、景気にも秋風が吹きはじめました。

ところで、8月生まれの私は当月51歳に。誕生日には<あと九年海路の日和未だ来ぬ>と書きました。60歳を人生の一つの節目として、それまでに何かもう一つ花を咲かせたいと。

しかしながら、当時の私の目の前に広がる海原はかなり荒れていました。とにかく、目の前の仕事を一つ一つこなしながら焦らず時を待つことに。<虚しさが我の胆力試してる>。

家族や子供たちの笑顔に支えられながら、稚拙な川柳を作ることで鬱屈した気持ちを昇華させました。<心地よし子の笑い声夕涼み>、<日々暮らし何にも勝る子の元気>。

物事はなかなか思うようにゆきません。<欲しいもの追えば逃げられ待てど来ず>というもの。でも、こんなふうに達観ばかりしていても何もはじまらない…。

日々逡巡とするなかで<気がつけば八月は去り夏はすぎ>。