ドイツ子会社に赴任して間もない頃のこと。東京本社からトレーニングマネジャーが出張で来ていました。彼女は欧州全体の販売員研修を統括する立場で、域内を頻繁に行き来するイタリア人女性です。
語学が堪能でイタリア語はもちろん、私の知る限りスペイン語、フランス語、英語、日本語が堪能。もしかしたら、他にも話せる言語があるかもしれません。いつも明るくユーモアのセンスにもあふれ 皆から慕われてきました。
そんな彼女が今年で現役引退とのことで、ドイツに来るのは今回が最後です。そこで、今までの感謝を込めて送別の夕食会を開催することに。私は同行していた東京本社の日本人スタッフから「最後に花束を贈りたいので、適当なものを準備しておいてください」と頼まれていました。
そこで、ドイツ人スタッフにその旨を伝えて手配をお願いしておきました。ちなみに、職場の公用語は英語です。ドイツ語ができたほうが便利ですがビジネスの現場では特にできなくても支障ありません。
というわけで、花束の件も英語で伝えました。用途を問われましたので「farewell party(送別会)」で使いますと回答。ところが、この 「farewell」 が大きな誤解を招くことになってしまったのです。
終業時刻になりましたので再び彼女のもとへ行き これからオフィスを出て送別会に行くと伝えると「花束の件はすでに花屋さんに伝えてありますのでピックアップして行ってくださいね」「ありがとう!」私は安心して車に乗り込みました。
「はい、準備できていますよ、こちらです!」渡された花束はずいぶん地味。
でも、まぁこれがドイツでは普通なのかなぁ?こういうのがクールでモダンなのかも?とりあえず精算をすませて店を出ると花束を車の助手席に置き会場に向けて車を走らせました。
信号待ちのたびに助手席に目をやると、やっぱり何かおかしい。そして、はっと思い至ったのです。グリーンとホワイトという花束の色彩…
彼女はfarewell [fὲərwél] フェアウェル(=送別)を funeral [fjúːnərəl] フューネラル(=葬儀)と解したに違いないと。
あるいはfarewellという単語から「お別れ⇒悲しいイベント」と思った可能性も。でも、もうそんなことはどうでもよい早くなんとかしなければ。あの花屋に戻る時間はなさそうです。
そこで、まずは急いで近くの花屋…町の小さな広場にあるお店しか思いつかず とにかくそこへ急行。赤や黄色の花を端から指さして、つたないドイツ語でこれ下さい!それらを例の花束に追加すると適当に形を整えて持ち込みました。
夕食会は予定通り始まるも、こちらは花束のことが気がかりで落ち着かない。現地の人からみたら奇妙な花束だと思われるのではないか?何か重大なマナー違反を犯してはいないか?
そしてついに花束贈呈の時。簡単なスピーチが終わったところで、私は黙って本社スタッフに急ごしらえの花束を渡しました。それが、壇上で彼女の手に渡ると「素敵なお花をありがとう!」と満面の笑み。ほっと胸をなでおろしました。
ドイツ人と日本人が第二外国語(=英語)でコミュニケーションしながら一緒に働くということはどういうことなのかを 深く考えさせされた長い夜でした。