朝礼でのスピーチ、会社の会議でのプレゼン、歓送迎会や結婚式でのあいさつ等々。人前で話す機会は歳とともに増えてゆきます。
こうしたスピーチには「型」がなんとなくあって、それこそ冠婚葬祭の場では時候の挨拶から始まり、皆様の益々のご発展をといった類で締める。
会議での提案プレゼンなどでも、いきなり本題からはじめる人はいません。いわゆる冒頭の「つかみ」で、聴衆の関心を引き寄せてから本題に入り、クロージングは今後の対応や方向性といったNext Stepへの言及です。
その「つかみ」が、落語で言うところの「まくら」。本題の前に必ず入る短いお話のことです。この本は「まくら」の名人として知られた六代目三遊亭圓生が遺した話を厳選して紹介しています。
本題の噺への導入になっているものもあれば、噺を理解するための解説や伏線の役割を果たすものも。江戸時代から明治、大正、昭和までの文化、歴史、風俗、しきたりなどが洒脱な江戸言葉で語られる。(同書 小学館文庫“うらすじ”より)
私はこれまで様々な状況でスピーチをしてきましたが、いつも本題と同等あるいはそれ以上に気を遣うのが「つかみ」です。
職場でのスピーチなら、聴衆の大半は私の話に特に関心があるわけではありません。朝礼の挨拶ともなれば身体は起きていてもまだ脳が眠っている人もいるでしょう。
そこで、いろいろと小細工をするわけです。たとえば、いきなり数字を出す。「65.3」これはいったい何の数字かわかりますか?といきなり投げかけると、皆の関心が急に高まり、脳が動き出す場合があります。
しかし、こうした小細工ではやはりネタが尽きてしまう。比較するのも憚られますが、この本で紹介されている「まくら」の数々は、そんな小細工の比ではありません。「まくら」だけでも見事な物語になっています。
また、「まくら」の中にも小さな「まくら」があることにも気が付きました。それは、古いたとえだったり、昔の川柳だったり。「過去を侮ることなかれ」でも書きました「本歌取り」を彷彿とさせます。
そもそも、「まくら」だけを集めて1冊の本になるということだけでも、その質の高さは言を俟たないですね。通常の小説やノンフィクションなどとは一味違う、ちょっと粋で楽しい本です。
ところで、先ほど「65.3」実は私の当時の体重です。健康に関する話を朝礼でしたときの「つかみ」として使ったもので、目覚まし効果は期待以上でした。(小学館文庫)