ノースライト(横山秀夫 著)

ノースライト(横山秀夫 著)

あれはたしか、出張で海外に行く飛行機の機内だったと思います。「半落ち」という映画を見ました。

認知症が進行する妻に懇願され、嘱託殺人を犯す現役警察官の話です。ミステリーとしての面白さはもちろんですが、そこに「認知症患者とその家族」という社会問題が投影されていて、とても興味深く拝見しました。

もう10年以上前の話ですから、当時の私は、まさか自分が「認知症」とここまで深く関わることになることなど想像だにしていませんでした。何か因縁めいたものを感じます。

さて、実はこの時初めて、私は警察小説を中心に数々の作品を手掛けられた横山さんの存在を知りました。

それからは、半落ちのDVDを買って何度も見たり、「クライマーズハイ」など著者の他作品を読んだりして、その世界観に共感を覚えたり。私の中で「横山秀夫」がブームに。

その後すっかりご無沙汰してしまったのですが、先日、たまたま広告のキャッチコピーをみて、無性に読みたくなりました。

一級建築士の青瀬は、信濃追分に向かっていた。たっての希望で設計した新築の家。しかし、越してきたはずの家族の姿はなく、ただ一脚の古い椅子だけが浅間山を望むように残されていた。一家はどこへ消えたのか? 伝説の建築家タウトと椅子の関係は? 事務所の命運を懸けたコンペの成り行きは? 待望の新作長編ミステリー。

「注文建築の家に依頼主が住んでいない」という設定が、とても斬新でミステリアス。本作品に警察はほとんど登場しないこともあって、著者のあらたな世界観を感じました。

昨年NHKでもドラマ化され、主人公の建築士・青瀬稔を西島秀俊が好演しています。こちらも、録画して3度も見てしまいました。

人が生きてゆくうえで大切なものは何か、守らなければいけないものとは。これは、著者のいずれの作品にも通底するひとつの大きなテーマのように思います。

社会や組織の歪、家庭崩壊、離婚、貧困、病気…。私たちが暮らすこの世界は華々しい「光」の部分と同じ数だけ「影」があります。

著者はその「影」にスポットライトをあてて問題提起するとともに、そこには必ず救いがあることも示してくれる。

そのことが、テーマは自体は重くとも、読後感がどこか爽やかな感じがする。そこが私にとって著者の作品の大きな魅力です。(新潮社)