考えるヒント(小林秀雄 著)

考えるヒント(小林秀雄 著)

言わずと知れた名著です。私も以前からよく耳にしていましたが実際に読んでみたのは数年前のこと。義兄とひさしぶりに会った際に勧められました。

ちょうどその頃、世の中ではチェスや囲碁、将棋の世界でとAI人との対局が話題になっていました。「プロ棋士が、将棋AIに惨敗!」「AIが人間を超えた」といった見出しをよく目にしました。

いまもAIと人間の知恵比べはものすごい勢いで続いていますが、私には まるで車と人間でマラソンレースを競うようにしか見えず、正直なところあまり面白味を感じません。

そもそも勝負にならないし、AIなら電気のコンセント、車ならガソリンを抜いてしまえば人間の勝ちです。つまり、AI対決には電力が供給されるという大前提があるわけです。

更に言えば、先攻・後攻の問題があります。これは私が以前からずっと疑問に思っていたことなのですが、全く同じスペックの最強AIが対局したらどうなるのか?

条件の違いはたった一つ、先攻か後攻かだけです。もしかしたら、先攻が有利、あるいは後攻が有利といった隠された命題のようなものが明らかになるのかもしれない。

そうだとしたら、最終的に勝敗を分ける究極のポイントは、 先行か後攻かという単純な話なのかもしれない。

前置きが長くなりましたが、そんな疑問に対して名実ともに「考えるヒント」を与えてくれたのがこの本です。

冒頭の「常識」という章で、著者は「メールツェルの将棋差し(エドガー・ポー)」という作品を引き合いに、機械と人間の本質的な違いについて考察します。

どんなに機械が進歩しても人間のように何かを創造することはできないという常識、計算することと考えることは違うという常識について述べているのです。

この論説は昭和34年6月の発表とあります。「人工知能」ではなく「人工頭脳」という表現が使われていまして、時代を感じさせます。

それにしても、今から60年以上も前にAIと人間に関する議論がなされていたことに驚きます。

小林秀雄と聞くとなんとなく硬くて難しい文章が書かれているように思っていたのですが、実際に読んでみると、文章は論理的でわかりやすくスラスラすすめます。

「常識」以外にも「良心」「言葉」などさまざまなテーマについて、いずれも深い洞察と思索でありながら、さりげない語り口で書かれています。

知的好奇心を大いに刺激してくれる一冊です。(文春文庫)