パクさんのバケツ

パクさんのバケツ

韓国のソウルに駐在していました。ヨーロッパ域内で約9年の駐在を終えてから、一度日本には戻らずに直接ソウルの事業所への異動でした。

ソウルの生活は快適。韓国語は難しいけれど、日本語が通じることも多いです。それに、町を歩いていても目立ちません。ヨーロッパではすぐに「ガイジン」だとわかってしまいますけれど、韓国人と日本人なら見た目もさほど変わりませんので気が楽です。

お店も多いし食材も豊富、日本のものも安価に手に入ります。ただ、ひとつだけ不便だったのは会社の規定で車の運転が禁止されていたことです。

当時は交通事情が悪く事故にあうリスクも大きい、一方で、タクシーが安いということなどもあり、移動手段は基本的に公共の交通機関でした。

但し、通勤も含め公用には運転手付きの社用車を会社で用意してくれましたので、贅沢は申し上げられませんけれど。

社用車の運転手は朴(パク)さんという年配の男性。私は現場に出向くのが好きだったので、彼の運転する車の中で過ごす時間も長かったです。

そのパクさん、なんと車のトランクに、八分目まで水が入ったバケツをいつも置いているのです。蓋はついていません。ですからもし彼が乱暴な運転をすればバケツの水がこぼれてしまう。

トランクに荷物を入れる度にそのバケツが目に入るのですが、彼は「こぼさないから大丈夫」といわんばかりに無言の笑顔で応えてくれます。

パクさんは運転手の仕事を始めて以来、自分が安全運転をするように、そのためのいわば制御装置としてバケツに水を入れてトランクの中に置いているそうです。

なんと素晴らしい心掛けでしょうか!しかも、その制御装置が水の入ったバケツです。素朴でシンプルで、しかも1日の終わりには、その水を洗車にも使うそうですから、これはもう究極のSDGsです。

ちなみに、パクさんはこれまで一度もバケツの水をこぼしたことがないそうです。たしかに、彼の運転はいつも穏やか、急発進も急ブレーキも、急な進路変更や追い越しも全くありませんでした。

私はパクさんのバケツに出合って以来、自分の心にも水の入ったバケツを置くようにしました。残念ながら時々こぼしてしまいますけれど…。これからもパクさんを目指して日々精進です。