今日は「敬老の日」です。
東京五輪の影響で「スポーツの日」が7月にあり、私が子供の頃は存在しなかった「海の日」もある、8月は「山の日」で、9月は「敬老の日」に「秋分の日」と祝日が続きます。
日本では祝日が16日ありますが、例えばイギリスでは祝日は年間で8日間ですから、彼らからみれば随分休みが多い国だと映るでしょう。
私たちは毎月のように祝日を祝っているわけです。しかしながら、その意義や由来についてはあまり深く考えませんね。
「文化の日」とはいったい何の日なのか、「建国記念の日」や「憲法記念日」はいつの時代の何を記念しているのか…。きちんと説明できる人は少ないのでは。私も全く自信がありません。
せっかくですから「敬老の日」について調べてみましょう。
「国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)」の第2条に「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。」という説明がありました。なるほど。
1966年に制定されたそうですから、いまから55年前のことです。ここで言う「老人」とは誰のことかという疑問がわきますが、もちろんそこまでは規定されていません。
きっと55年前の「老人」と今の「老人」は、社会的な立場や認知のされかた、健康状態や風貌、価値観やライフスタイルなど、さまざまな観点でずいぶん違ったであろうことは容易に想像できます。
今日の朝刊に、「65歳以上の推計人口(高齢者人口)が過去最多の3640万人、総人口に占める割合は29%とこちらも最多」という記事が出ていました。
では、敬老の日が制定された頃の状況はどうだったのでしょうか?
1965年のデータが総務省のサイトに載っていました。高齢者人口618万人、総人口に占める割合は6%です。ちなみに、当時の総人口は9827万人とあります。
ということは、この50年余りで高齢者の人数も割合も5倍になったということです。
こうしてデータを比較してみると、あらためて日本の高齢化の速さに驚きます。
昔は1つのサッカーチームが一人の高齢者を支えればよかった、つまり現役世代が「11人で一人」を支えればよい。これが今や騎馬戦のように「3人で一人」になり、このまま行くとやがて肩車のように「1人で一人」をささえなければならない社会になる。
以前に、そうした警鐘を鳴らす大学の先生の講演を聞いたことがあります。少子高齢化問題の核心をとてもわかりやすく表現されていると思います。
もうすぐ高齢者の仲間入りをする身としては、老骨に鞭打って「自立」に努めなければなりませんね。
かといって、「生涯現役!」を標榜し、「敬老の日」の意義が薄れてしまい「勤労感謝の日」と統合される…そんな社会はちょっと想像したくないですけれど。