「介護5年目の幕開け」から3か月が経過。予定では今ごろ私は老健を退所して実家に戻った父の在宅介護に奮闘しているはずでした。
場合によっては母のグループホームでの生活が安定せず、そちらの対応にも追われて憔悴しきっていたかもしれません。
ところが、年明け早々に父が他界。母も若干の不安はぬぐえませんが、今の施設に馴染んできた模様。5年目にして介護の負荷は大幅減となりました。
入所後しばらくはチェストや寝具、衣類の追加手配や加湿器の購入など、何かと慌ただしかったのですが、いまはずいぶん落ち着いています。
最近私がしたことといえば、「ごはん茶碗がかけてしまった」とのことで新しいものを買って届けたくらい。
というわけで実家は目下、父の遺品と母の残した日用品の倉庫になっており、私はその片付けを少しずつ進めています。
認知症の両親と日々向き合った部屋で一人作業をしていると、壮絶な数々のシーンが走馬灯のように頭をよぎります。
そういえば一度だけ本気で母を汚い言葉で罵倒したことがありました。認知症だと頭ではわかっていながら、あの時だけは心のブレーキをかけることができなかった。
母も母で負けじと私を罵ってくる。激昂した私はそんな母の姿をスマホで録画していました。母にその動画を見せて反省させようと。
しかし、母を罵倒しながらレンズを向けているうちに、私は冷静さを取り戻し、自分の馬鹿さ加減に気付いてすぐに動画を削除しました。
さて、グループホームから月に一度、母の生活ぶりを記したレポートが届きます。そこには毎回楽しそうな笑顔の母が収まっているスナップ写真がたくさん。在宅介護していた時にはほとんど見たことがなかったその表情に、思わず私の頬も緩みます。
コロナ禍で入所してから一切面会はできないのですが、職員の皆さまのおかげで、母はきっと心穏やかな毎日を送っているに違いありません。天国の父も安心していることでしょう。