独楽吟(橘曙覧 著 / 岡本信弘 編)

独楽吟(橘曙覧 著 / 岡本信弘 編)

書店の新書コーナーで立ち読みをしていた時のこと。たまたま「独楽吟」の話が書かれている書物に出合い、その存在を知った次第。

作者の橘曙覧(たちばなあけみ)は江戸時代末期の歌人。「独楽吟」は地位や富を求めず、清貧に甘んじ、学問や和歌の道を求め続けた曙覧が、日常に楽しみを見出し、それを「たのしみは…」で始まる和歌に表した52首です。

岩波文庫から全歌集が出版されていて、もちろん「独楽吟」はその中に収められていますが、私は岡本信弘さんの現代語訳がついた「独楽吟(グラフ社)」を読みました。

そのうちの一首、「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」は、1994年の天皇・皇后両陛下訪米の際に、当時のクリントン大統領が歓迎スピーチに引用し、将来の日米関係の発展への期待を表明したそうです。

コロナ禍、ウクライナ危機、元首相殺害…世の中が殺伐とした空気にすっぽりと覆われてしまった今日このごろ。

曙覧が生きた幕末も同様に先の見えない不穏な時代で、日本の大転換期だったことは歴史が示したとおり。

だからこそ、この52首は時を越え、「転換期前夜」を予感させる「今」を生きる私たちの荒みがちな心に、安らぎのひとときを与えてくれるように思います。

たのしみは 妻子(めこ)むつまじくうちつどひ 頭(かしら)ならべて物をくふ時
たのしみは 珍(めづら)しき書(ふみ) 人にかり 始め一(ひと)ひら ひろげたる時
たのしみは いやなる人の 来(き)たりしが 長くもをらで かへりけるとき