これまで何人もの上司に仕えてきました。尊敬できる人もいれば、反面教師にした人もいます。
「たかが上司 されど上司」でも書きましたが、良きにつけ悪しきにつけ多大なる影響を受けてきた上司という存在。今日は、その一人であるAさんのお話をしたいと思います。
Aさんとはドイツで一緒に現地子会社の経営に携わりました。大の読書家で歴史に精通されていて、「この本は面白いよ」と特に戦争に関する小説やノンフィクションなどをよく紹介してくれました。
仕事は部下に任せるタイプ。指導や教育という点でも、実務の手ほどきといったことは一切なく、ご自身の思想とか哲学を折に触れて淡々と説く人でした。
いつも穏やかで、私にとっては尊敬できる上司。いろいろなことを学ばせていただきました。厳しい交渉の場面など、いわゆる修羅場での仕事ぶりも間近で見る機会を得ました。
特に印象に残っているのはAさんがよく口にしていた「美か醜か?」という言葉です。
解決が難しい問題に立ち向かい、大きな岐路に差し掛かる。さて、右に進むべきか、それとも左に行くべきか?
どうにも決断の拠り所となるような事実もデータも得られない。かといって、サイコロを振って決めるわけにもゆかない。
そんなときAさんは、どちらに行くほうが「美しいか」で判断すると。要するに左右どちらに進むほうがカッコいいかで決めるということです。
俗にいう「男の美学」みたいなものと言ってもよいのかもしれませんが、これは、若き日の私の心に響きました。それに「美」は「誠」とか「善」に通ずるようにも思えます。
あれから何年もの月日がたちました。いつのまにか自分が、若い世代から上司として値踏みをされる立場になっています。果たしてこの美学を受け継いで実践できていたのか?
さすがに「美か醜か?それが私の判断基準だ」と、口に出すことは気恥ずかしくてできませんでした。ただ、少なくとも行動では黙々と示してきたつもりではありますが…。