体育の日

体育の日

今日は「体育の日」とばかり思っていたら「スポーツの日」に改名されたことを、つい最近知りました。

「スポーツ」は、「体育」より広い意味を持ち、自発的に楽しむことを含意することが変更の理由とされる。2018年(平成30年)6月13日に改正祝日法が参議院本会議で可決・成立し、2020年(令和2年)1月1日付で「体育の日」は「スポーツの日」へと改められることが決定した。

ウイキペディア

ということは、今日が3度目の「スポーツの日」ということになります。

それにしても、何故こうもカタカナがもてはやされるのでしょうか?たぶん、自分が歳をとったからそう感じるというのが一番の理由でしょう。

山手線の新駅が「高輪ゲートウェイ」と命名された時にも同じような気持ちになりました。「カタカナはいらない」と。

まぁJRは民間会社であり、私たちに異議を唱える権利はありませんけれど、スポーツの日に関しては文句の一つも言いたくなります。

気に入らないのは『「スポーツ」は、「体育」より広い意味を持ち、自発的に楽しむことを含意する』という欧米崇拝的なとらえ方。

なぜ「体育」という言葉を「自発的に楽しむことを含意する」と解釈できないのでしょうか? 体育とは「健やかな体を自発的に育み、楽しむこと」という理解でよいのでは?

国民の祝日に「スポーツ」という外来語をあてるのは、なんだか平べったくて、深みを感じないのは歳のせい?