菅前首相が読売新聞の「人生案内」を愛読されていると話題になったことがありました。
私もそのコラムは毎日欠かさず読んでいますが、実はもう一つのお気に入りが長谷川櫂さんの詩歌コラム「四季」です。
一日一首(句)、長谷川さんが選んだ俳句や短歌が、簡単なコメントと共に紹介されています。
詩歌は私にとって少しハードルが高く、特に俳句や川柳はわずか17文字ですから専門家の解説なしには上手く解せません。
もっとも、あまり難しく考えずにサッと読んで何かを感じることができれば「それでよい」とも思っていますけれど。
稀にですが自分の置かれた境遇とコラムで紹介された詩歌がピッタリ重なり合うことがあります。心にグッとくる、共鳴する瞬間があるというわけです。実は昨日がそうでした。
心から父は壊れて体から母は壊れて 草の絮とぶ(小島ゆかり)
未曽有の長寿社会。かつては一瞬だった死を何年何十年に引き延ばしてつぶさに立ち会うことになる。まず精神が破綻するか肉体が先に故障するか。長寿時代、多くの人々がスローモーションの死を体験する。歌集『雪麻呂』から。
2021.12.7 長谷川櫂 読売新聞「四季」
私の場合は「心から母は壊れて体から父は壊れて…」ですが、おなじような境遇におかれた人がいるのだと思うと、どこか救われるような気持になります。
しかも小島ゆかりさんは介護歴20年の歌人とのこと。「夕陽こんなにうつくしけれど 半端ない 介護の月日もう二十年」という作品も先日このコラムで紹介されていました。
長谷川さんのコメントにも大いにうなずかされます。介護とは「かつては一瞬だった死を何年何十年に引き延ばしてつぶさに立ち会うこと」であると日々私も実感しています。
ひとりの介護者として「スローモーションの死」に立ち会っていると解釈すると、少しやるせない気持ちになります。
しかし同時に、覚悟が定まると申しますか、しっかり向き合わなければという身の引き締まる思いと申しますか、そういった勇気のようなものも湧いてきます。