母の不穏 電話鳴りやまず

母の不穏 電話鳴りやまず

昨日のことです。最初の電話は11時25分、最後の電話は17時52分でした。その間、約6時間半に母からかかってきた電話の回数は36回。およそ10分に1回の計算になります。

日曜日ということもあって、時間にも気持ちにも少しゆとりがある私は、その約半数にあたる17回に応答。残りは留守番電話で受信した後メッセージを聞く、ということで対応しました。

4日前に「父の入院 母の不穏」でお伝えしたように、「突然の一人暮らし」という状況が理解できず、そこからくる不安による電話の再発です。あの時と同様、電話口での話しぶりには「どもり」が強くでています。

電話に出た私は「何も心配はないから安心して」と繰り返します。すると本人は納得してあっさりと電話を切ってしまいます。でも、すぐにまた電話がかかってくる。前の電話の事は母の記憶からすぐに消え去ってしまうのです。

「さっき、電話で話したばかりだよ」などと説明しても何の意味もないことは既に学んでいますので、「何も心配はないよ」と、同じ応対をただひたすら繰り返します。

ただ、さすがにこちらも疲れてきますので、適度に留守番電話でも受けて、後からメッセージを聞くようにします。とにかく介護は60点くらいを目指しませんと共倒れになりますので。

それでも、もしかしたらパニックになって外へ飛び出したりしたら大変だという不安は常に付きまといますので、結局こちらも休まることはありません。

昨日は9時と12時30分にヘルパーさんが入ってくれましたが、彼女らからは特に連絡はないので、私は自宅で電話対応を繰り返しつつ半日を過ごしました。

そしていつも通り18時に、夕食準備と服薬のために実家を訪れました。すると母は、薄暗い部屋の中を右往左往しておりましたが、直接顔を合わせると「あぁ 来てくれてよかった」と安堵の表情を浮かべました。

服薬をすませ、食欲はあまりなかったのですが、お味噌汁を少し飲み終えたら、なぜか「どもり」がおさまって普通に話せるくらいまで落ち着きを取り戻していました。

さて、今度はこの状態をどうすれば維持できるのか?皆目見当がつきません。

とりあえずTVのスイッチをオン。ちょうどパラリンピックの女子マラソンで道下選手がゴール間近で最後の力走をみせているところでした。

幸い母の関心がそちらに向きましたので、いま東京でパラリンピックが開かれていること、選手は視力を失っていること、隣で走っているのは伴走者であることなどを説明。もちろん、5分もすれば全て忘れしまうのは承知の上です。

道下選手の金メダル獲得とその後のインタビューなどを母は「たいしたもんだねぇー」などと言いながら穏やかに見ていましたのでこちらも一安心。実家を引き取り、自宅に戻りました。

その後おかげさまで今朝まで電話はかかって来ていません。今回はいつまでもつか?まったくわかりませんが、とにかく60点を目安に、対症療法で臨むよりしかたありませんね。