難しいことをやさしく

難しいことをやさしく

あれは確か大学卒業を間近にひかえていた時のこと。たまたま通りかかったお寺の入り口に「難しいことを易しく 易しいことを深く 深いことを愉快に」という小さな書写が掲げられていました。

所属していた研究室と交流のあった専門学校で教鞭をとっている方と一緒だったので、「これ、見てください。とてもいい言葉ですね」と声をかけると「教える立場として、こうありたいです」と先生。

もう30年以上も前の話ですが、あれ以来私もすっかりこの言葉の魅力にとりつかれ、座右の銘のひとつにしています。

私はこの言葉にお寺で出合ったこともあり、ろくに調べもせずに「これは仏教の教えである」と疑いませんでした。先日、ふと思い立ってネットで調べたところ「あれ?」、どうも「作家 井上ひさし氏の名言」ということになっている気配が…。

しかし、作家の言葉をお寺に掲げるはずはない。そこで、ウィキペディアで同氏のページを見てみたところ「『法に則り、比喩を用い、因縁を語るべし』という、永六輔が紹介した仏教の説教者の話術の極意を分かりやすく言い換えたもの。」と書かれていました。

井上氏はこの「言い換え」を創作のモットーとしていたのです。やはり原典は仏教だったとわかり安心しました。

似た例で、プロ野球の名捕手・名監督だった野村克也氏の座右の銘「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」があります。

これは江戸時代の肥前国第9代平戸藩主、松浦清の言葉ですが、実は私も最近まで野村氏自身の言葉だと思っていました。 井上氏にせよ野村氏にせよ、「座右の銘」が「ご本人の名言」と誤認されてしまうくらい、身体の一部になっていたということの証なのでしょう。やはり偉人は違います。